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リレー小説(現在無題)



廃墟にも見える古城。しかし、それは廃墟にあらず。
何故なら、庭は手入れされ、外壁も年期こそ入っているものの、誰かが手を入れていることは確かである。そう、よく見ればそれは荘厳な城以外の何物でない。
しかし、それなのに、解っているはずなのに、見るものは此処ここを『廃墟』と思ってしまう。
頭上には月。月は妖しく城を照らす。それがよりいっそうに『廃墟』というイメージを喚起させるのかもしれない。
また、古城は静まりかえり、物音一つ無い。生命を感じ取れないのである。
しかし、何物も存在しない訳では無い。
古城のある部屋。
ある部屋の窓を開け放ち、佇む人影が一つ。
欠片の物音もたてず、唯そこに在る。
そんなモノ。
彼は、真っ黒な執事服を着た男であった。
綺麗に着こなされた執事服、整った銀髪。そして、最も異様に見える、右眼の眼帯。怪我をしているのだろうが、眼帯の白いガーゼがひどく痛々しく見えた。
しかし、それだけで普通ならば存在感を伴うはずだが、彼はそれが欠けている。
何も言われなければそこに生命体がいるとは、誰も気付かないであろう。
如何いかほどの時が経った頃か。月の陰りと共に静寂の空間は終わりを迎えた。

「マスター、こちらでしたか」

静寂を破ったのは、一人の女性。金色の髪を膝裏まで伸ばし、品のいい髪留めで留められている。瞳は紺碧こんぺき。服装は、西洋の家政婦、メイドの格好だ。察するに、この男と同様にこの家に仕えているのであろう。
かなり美しい、美人と評して問題ない区分に入るだろうはずだが、そうはならない。何故なら、彼女の纏う空気、雰囲気は、『美しい』ではなく、『可愛らしい』からである。言葉遣いは丁寧だが、その端々に彼女が本来持っているであろう朗らかな空気を纏わりつかせている。

「マリアか。どうした?」
「いえ、この子の散歩に出かけようかと思いまして。一言伝えに来ました」

彼女の足元にいるのは一匹の猪。猪がいるというのも奇妙ではあるが、一番奇妙なのはそこではない。一見唯の猪だが、その実、本来の数倍の大きさの眼球が一つだけ鎮座している。しかし、今はその眼は堅く閉じられ、何物も映しはしない。

「そうか。気を付けてゆけ。くれぐれも眼は開かせないようにな」
「ええ、解っております。……マスター、どうしましたか?」
「どうしたとは、なにかな?」
「いえ、随分と機嫌が良いようですので。何か良いことでもありましたか?」
「……そうか、私は笑っているのかな? だとすれば、こんなにも美しい月の所為せいだろうよ。満月のように見えてその実、満ち足りていない、出来損ないの月。……出来損ないとは言い方が悪いな。しかし、いい言い方が見つからないな。…こんな月を見ていると、『彼』を思い出すよ。…ああ、今夜はこんなにも饒舌になっている。やはり私は気分が良いようだ」
「…あれも、こんな月夜の晩でしたね。出来損ないの月。私は、それでいいと思います」
「そろそろ、行ったほうがよいだろう。でないと夜が明けてしまうよ?」
「……解りました。行って参ります。行くよ、カトブレパス」
「フゴォー!」
「……………」

彼女の足音が遠ざかり、再び静寂を取り戻す室内。
やはり彼はモノのように生命力に欠ける。



◇◇◇

「カトブレパス。マスター、大丈夫かな?」
「フゴォー?」
「ううん、なんでもない、でも……」

城のロビーで私は考える。
何か良くない気がする、と。マスターの素振り今までと変わらないはずなのに、何かが違う気がする。確かに妙に饒舌だったけど、たまにはそんなこともあった。これは特筆すべきことではないし、月を眺めるのはもはや習慣だ。
でも、何が如何違うとは解らないけど、何かが違うと思う。

「フゴォー!」
「きゃっ、カトブレパス、くすぐったいよ?」

カトブレパスも励ましてくれている。心配ばかりかけていて、私は駄目だな。
もっと強くあろう、そう、決めたはずなのに。誓ったはずなのに。

「ありがとうね、カトブレパス」

カトブレパスは私たちの家族だ。一眼の猪、カトブレパス。その眼に魔眼を宿す、魔物のである猪。彼とは私が幼い頃からの付き合いだ。喋ることは出来ないが、言語を解せ無い訳ではない。私たちの言っていることを、ちゃんと理解しているのだ。
この子、とは言っていたが私が生まれた頃にはもう彼がいた。姉さんたちよりも古いと聞くから、相当に年なんだと思うけど、正確な年齢はもう誰も覚えていない。

「それじゃ、行こっか」

そして、私たちは夜深き暗闇へ歩き出した。

witten by 北翁