リレー小説(現在無題)



城の周囲に広がる深い森。生あるものを拒むかのように、何者の気配も存在しない森。そこにあるのは、夜空に浮かび上がった月からの光のみ。ただその光だけが、静謐とした森を妖しく照らしだす。
宵闇と木々の作り出す自然の迷宮。しかしそこには、あろうことか一人の女性が獣を連れて歩いている。
本来ならばここに迷い込んだ人間は、その出口を求めて死ぬまで彷徨う事となる。そう、その森を知らぬものにとって、此処はただの死地。ここはそんな場所――人間にとって忌むべき所―――なのである。
だがその女性――マリアは、そんな定めなどまるで気にも留めないかのように、ただ軽やかに、そして楽しそうにどこかへ迷うことなく向かっている。
(みんな危険だのなんだのって言うけど……)
ふっと歩みを止める。少し遅れて傍らの獣の足を止め、振り返る。
「ゴォ?」
(道さえ、仕組みさえ知っていれば別にただの森なのに……)
 マリアはふと周囲を見回す。といっても光源は月明かりと、彼女の持つランプだけなので暗く、目を凝らしても大したものは見えないが……
「知っていれば楽しい森なのにね、カトブレパス」
「フゴォー!」
 ふと表情に愁いの影を過らせるマリア。しかしそれもすぐに、カトブレパスによって吹き飛ばされる。
「さ、行こう!」
 そうして一人と一匹は、再び歩き出す。


「ふぅ、やっと着いた」
 マリアとカトブレパスがやってきたのは、森の中にある小さな小さな池。空からでは木々に邪魔され見えないほどに小さな池。そこはもはや月明かりすら届かない。
 マリアはそっと池に近づき、ランプでその水を照らす。その光を受けてその姿を見せた水は、しかし不思議なほどに澄んでいた。
「異常なし、と。おいで、カトブレパス」
 その声を待っていたかのように、カトブレパスは池へと近づき、池の水を飲み始める。
 しばらくの間、水を飲む音だけがその場を流れる。マリアはただじっと、その姿を見つめている。
「……?」
 マリアはふと顔を上げ、感覚を研ぎ澄ます。普通では気付かないほどの微かな変化。しかし彼女は、その変化を感じ取る。それは、
「人の、気配! ……カトブレパス、気をつけて」
「フゴォ……」
「ちぇっ、気付かれちまったか……」
 そう言って彼女たちの前に現れたのは、一人の人間。声から察するに若い男性であるそれは、マントで身を隠し、フードを目深に被っている。マントの隙間から伸びた手に持つ手斧が、その男の目的を物語っている。
「……どちら様でしょうか?」
 だがマリアは、その笑みを崩すこともなくそう尋ねる。
「魔眼狩り――」
 男はただ、そう答える。だがその一言で、マリアは微笑を崩す。驚愕ではない、愉悦へと。そうして男に向き直り、ゆっくりとした動きで懐から数本のナイフを取り出す。
「まったく、私達以外でこの森に入った人間はみんな死ぬって、知らないのですか?」
 男は答えない。ただじっと、彼女のほうを向いて動かない。
「おや? どうしました? 動かないならこちらから行きますよ? ……ちょっと待っててね、カトブレパス」
 ちらりとカトブレパスの方を向き、そう告げる。その顔には確かに、先程の優しい笑顔がある。だが再び男の方を見たときには、それはもう消えてる。
「ハッ」
 腕を一閃、彼女から放たれた一筋の吟光は一直線に男の右腕のあたりに突き刺さる。少し遅れて、突き立ったナイフのまわりが赤く染まり始める。
「ほらほら、どうしました?」
 再び腕を振るう。今度は右足へとそれは刺さる。しかし依然として、男は微動だにしない。
「結界に嵌って動けないのですか?」
 左肩、左足、右胸。次々と突き刺さるナイフ。そして流れ出る大量の血。そこまできて、ようやくマリアの表情が消える。
「つまらない。……闇よ、喰らえ!」
 刹那、虚空から虚無が生まれ、一瞬にして男を飲み込む。マリアはただじっとその光景を見つめる。そうしているうちにも闇は霧散してゆき、その場には何事もなかったかのようにマリアとカトブレパスだけが残る。
「もういいよ、ありがとねカトブレパス。さ、帰ろう」
「フゴォ!」
そうしてカトブレパスを連れて帰路に就くマリア。その顔は、既にあの優しい笑顔に戻っていた。

witten by 天風志音