リレー小説(現在無題) 頭部、異常無し。右腕、左腕、右脚、左脚異常無し。腹部、異常無し。胸部、出血発見。行動に支障があるか走査。…問題なし。快癒の魔術の構築を優先事項に。最終調査のため全身を走査。 …異常を発見。内部に外的要因と見られる異常を発見。異常の除去を最優先事項に変更。…不可。現状での解除は不可能と判断。原因の解明の優先順位を引き上げる。…この個体、マリアを、より正確にはマリアの精神を標的とした指向性の呪いと断定。行動に支障があるかを走査。 …走査完了。結果報告。個体マリアの戦闘続行は不可と断定。 残念ながら、ここで表面的治癒を促すが上策と判断。 周囲の状況を判断、指示を確認。侵入者への攻撃を開始。 結果報告。侵入者は私の放ったナイフを難なく避けた模様。 「いかがです? 彼女は貴方のお気に入りでしたね」 「ああ、文句無しだ。これほどに月が美しい夜も、そうは無かろう。最高の舞踏会だよ、執事殿。…いや、魔眼バロール!」 バロール。 私の仕えた主の執事の名前。 かつて、とある一族を率いた王の名前。 今は唯、古城を護る者の名。 「 薄い膜のかかったような意識で、私はささやく。 「行動に支障は?」 彼は欠片も情のない声で問います。 「申し訳ありません、バロール様。個体マリアの戦闘続行は不可能です」 しかし、バロール様は冷静な方ですが、冷酷な方ではありません。その証拠に、 「まったく、最後まで、命令に忠実すぎるのもどうかと思うよ」 声が震えています。そんなバロール様だから、彼女は護りたかったのでしょう。 「よく、動けるものだ」 横からの声は、イニシアティヴ。古城の侵入者の声。 彼女の、マリアの為のマスターの言葉を遮るとは。命知らずもいいところ。 「俺の術式をモロに食らって、よく生きている。しかも、動いている。呪術耐性が強いのか?」 彼の術式を自己の状態、今の言動から判断すると彼の術式とはつまり、 「呪い、ですね。貴方の術式は有能なる貴方の父上より譲り受けたと存じます。記録に残る彼の術式は、いうなれば絶対的な力。小手先の業を嫌い、力のみ出全てをねじ伏せてきた。それは単純ゆえに、強い。そして、末期の研究は小さな力を集めて大きな力と成すこと。小さな力とは言っても、それは最も簡単に手にはいるもっとも強い力。すなわち、」 「苦しみ、痛み、断末魔の悲鳴。それらを蒐集し、固め、煮詰め、あわ立たせたもの」 私の仮説を肯定補足するイニシアティヴ。それは自信の現われか、それとも、 「それを、その手斧に付与したのですね。斧とはつまり、処刑と断罪を意味する。凝り集まった負の情念の付与先には最適ですね」 「よくも其処まで考えている。よくも其処まで見抜いている」 「しかし、この魔術にも欠点がある。誰かを標的と認識しなければいけないこと。力を分散させないためでしょうが、この呪いはマリアという個人の精神に食い込んでいる。なぜなら、この私の体は魔術の影響による傷を負ってはいない。ならば、問題はありません」 イニシアティヴは意味を図りかねて沈黙している。 沈黙を破ったのは、バロール様。 「最後に、マリアと挨拶も出来そうに無いか?」 それは指示ではなく、懇願。 マリア、貴方に聞くよ。どうしたい? 私は、私は、 「…マスター」 「マリア…」 「残念ながらお別れです。願わくば、死してなお貴方に尽くせることを。 おやすみなさい、マスター」 「おやすみ、マリア」 おやすみなさいマリア。そして、 「おはよう、アリス」 「おはようございます! 我が敬愛するマスター、バロール様! 今宵は良い月が出ているではありませんか! マリアの弔いには持って来ではないですか! ハハハハハ! ハハハハハハハハ! アハハハハハハ!」 「なっ」 驚いたのはイニシアティヴだ。当たり前だろう。この変わりようでは。 さっきまでの寝ぼけ眼とは、違う。 「彼女はアリス。もう一人のマリアだ。激しい気性ゆえ、我が主によってある種の束縛を受けているのだよ。自由意志を持ち得ない、人形という束縛を。それが先ほどの性格だな。そして、その人格を更にマリアへと封印することで二重の防護を施していたのだよ」 「アタシは、アリス。マリアはマリア。アタシと彼女は、違うよ」 彼女の二重性。これがつまりは彼女の本質なのだ。彼女の、マリアの属性は、二重性。それを利用した、なによりも強固な結界。 或いは、残酷とも取れるこの行為はしかし、激しすぎるアリスをどうにかする唯一の方法でもある。 そして、入れ替わりはマリアの意思で。 人格防護の解除は、私の意志で執り行われる。 今までも、数度、入れ替わりはあった。しかし、主人格たるマリアの意思さえあれば再び人格は戻すことが出来た。しかし、マリアの意思が弱まっている今、このまま元に戻らない可能性も十分にある。そうとわかった上で、彼女は入れ替わった。この無礼な侵入者を消し去るため。『彼』と主の情報が手に入るチャンスであるからこそ。 「アリス、客人を丁重にもてなすように。カトブレパス。君は少しの間他に行っていてくれ。そうそう。『森の結界』ですがね、気にする必要はありませんよ。魔術的意味が同等の場所が城内にもありましてね。要所は今切り替えてあります。『彼』の教えてくれた、結界を守る方法ですよ。より正確に言うならば、先ほどの会話で完全に入れ替わった結界は、防護ではなく、攻撃を目的とした魔法陣と化しました。一瞬の気も抜かぬように。さて、私は表の方と少々お話をしたいので席をはずさせていただきます。ああ、そうだ、アリス。許可する。好きな得物を使うといい。なんでも、な」 「Yes Sir!! Master!!」 「フゴォォォォォォ!!!!」 二人の叫び声が重なる。 狂気の叫び声。 「其処か!」 カトブレパスの声を聞き石呪の魔眼を狙うイニシアティヴ。しかし、 「ダンスの相手はア・タ・シ♪」 「クソッ! 邪魔だ! どけ!」 「退けと言われて、退く馬鹿はいませんことよ! あっはははははははは!」 ふっ、と。気付くと空中には無数のナイフが存在していた。しかし、そのナイフたちが光を反射することは無い。むしろ、逆に吸収している。そう、漆黒のナイフたちが空中に浮かんでいた。 「な、なんだ?!」 それは、マリアがもっとも得意とした魔術、『 彼女の遺志を継ぐかのような、業。 「準備は完了。発射! 鋭い切っ先!!」 が、それらは掠りもしない。しかし欠片も揺るがぬ顔は、絶対の自信を表す。 「こうなったら貴様らを完全に殺すことが最優先だ。後悔するなよ」 「ふふっ、マスターはかくれんぼ。じゃあ、アタシたちは鬼ごっこがいいわね。おーにさーんこーちらー♪ ってね」 「クソが! おちょくりやがって」 イニシアティヴは気付いていなかった。 彼女の狡猾さに。 勝てないなら逃げて時間を稼ぐべきだった。 自身が解っていたはずなのだ。 アリスは逃げる。導く。彼の攻撃を紙一重でかわし、適度に攻撃する。 導かれるは、矢。導くは、狂気。 其処は、裏庭。 「終着点か。貴様の墓標にしては、華がなさ過ぎるかもしれんが、終わりだ」 「ん〜ん、大丈夫。貴方の墓地にはお似合いだから」 「減らず口を」 「アタシの領域へようこそ、先駆ける矢。最高のもてなしをしましょう。我が朽ち果てた石クレたちが、ね」 そこは朽ち果てた裏庭。周りにあるのは、槍、剣、槍、鎧、槍、槍、鎧そして、甲冑。 おびただしい量の骨と、それと同じ数の鎧、剣、槍。そして、そのどれもが、精緻な石造りである。 「この場が何を意味するか、まだ解らない? そんなわけ無いでしょう?」 「石呪、だ。石呪の魔眼による気配が立ち込めている。これほどの力か。しかし、カトブレパスの領域では、無いのか?」 「解っているのでしょう」 「ま、さか。ありえない。貴様の正体は、まさか」 「そう、私の存在する理由は、『 メデューサ。青銅の腕と、蛇の髪の化け物といえば解るだろう。 そう、見たものを石に変えてしまう、怪物の名前だ。 「石呪の魔眼がカトブレパスの専売じゃないってこと、覚えておいた方がよかったわね。でも、安心して。簡単には殺さない」 と、彼女は手近にあった一本の槍を手にした。 そして、その石槍は本来の輝きを取り戻す。 石の朽ちた灰色から、月明かりでいっそう輝く純白の槍へと。 儀式用の槍なのだろう。実戦では邪魔者にしかならない飾りをこれでもかとごちゃごちゃにつけられている。 「躱しなさい」 告げて、投擲する。 それを避けることが出来たのは、彼の長年の戦いによる勘であった。 彼の横を、風が通り抜けた。 否。風ではない。 光。五条の光が通り抜けた。 アリスの投擲した槍は、加速度を得、消えた。 そして、消えた後に現れたのは、五条の光。 「ブ、ブリューナクの槍! な、何故そんなものが此処にあるのだ!」 ブリューナク。 ケルトの光の神ルーの所持する三つの神器の一つ。 曰く、彼の槍は、五条の光となる。 「ここはアタシの領域といったはずよ? イニシアティヴ」 彼女の手には再び装飾華美な槍が握られている。 「クソッ、反則だろ?!」 五条の光、その一本一本が必殺を意味する。 当たれば、命はあるまい。それどころか、体が残っているかも怪しい。 加えて話を総合するに、おそらくはアリスのあの赤い目は『石呪の魔眼』。目を合わせたら、アウト。 即、石像になってしまうだろう。 しかし、一撃当てれば勝ち、というのは向こうに限ったことではない。 こちらの呪いの斧とて、当たれば行動不能は免れない。 二重存在とやらのお陰で動いているのならば、もう一撃当てればこちらの勝ち。 「しかし、えらく分の悪い勝負だな」 「せっかくだから、苦しみながら逝きなさい。一息に、終わらせるものですか。よくも、マリアを。 ◇ 「見つけたよ。かくれんぼもお終いだね、ぼーや」 「 「軽々しく、人の 「当然だ! 私たちとて、幾つもの戦いを勝ち抜いてきた。その中にはかつての貴方の同胞もいるのだぞ。それでも私たちを未熟というか」 「無論、だ。石呪の魔眼一つで『彼』に勝てると思っていることも馬鹿らしい」 「なんだと」 「魔眼一つで何が変わるものか。力とは、そんな素晴らしいものではないのだよ」 「貴様に、貴様らに持たざるものの気持ちが解るか!」 魔眼。 世界に働きかける魔術の一部。そして、才能の総称。 魔眼は生まれつきである。 生まれつきそういった才能を所有しているのである。 或いは、魔術師が生涯をかけて挑むような術式さえ、彼ら魔眼持ちはたやすくこなす場合が往々にしてある。 「力、とは何か。そこから勉強しなおすべきだな」 「それに、勘違いしているようだが、魔眼なら石呪だけではない。すでに我々は五つの魔眼を手に入れている。貴方の同胞たちからな。まぁ、貴方の主は魔眼を持っていなかったようだが。他人の術式をごちゃまぜにした術式だけが取り得の盗人には過ぎたものか」 「…そう、か。主を愚弄されたからには、黙っているわけにはいかない。君らはまだ子供だ。やり直すことも出来たかもしれない。もう、手遅れだがね。…『 終わり、だ。彼には逃げる能力、隠れる能力、見抜く能力、様々な力がある。 「『 だが、この状況を覆せる力は、無い。 「『 私が最も得意とする術式の一つ。 「『 物質化。 形の無い魔力に形を与える法。 私の属性とは真逆のこの術式を、私は好き好んで使う。 「『 我が主に最初に教えてもらった術式だからだ。 「『 右手には、魔力で練り上げた剣が一本。 逃げる素振りは無い。 はずす理由は、無い。 防がれる要素も無い。 はずだった。 「 真っ白な服、純白の翼を持ったヒトが、その手の盾で剣を受け止めた。 頭が真っ白になった。 防がれたことに、ではない。 その声に、聞き覚えがあったからだ。 忘れるはずも無い。 「あ、ああ。あああああ」 「久しぶりだね。今は、 「あ、ああああああ! ヨハアアアアアン!!! 「そう、僕だよ。ヨハン・フォン・シュバルツ。 「は、ははは。その術式は?」 「完成させたよ。これが僕の答え、 「ああ、ああ、そうか。それが、そんなちっぽけなものが答えなのか? そんなモノが永遠の答えなのか? ならば、今度は私が誓いを果たそう。我が もはや、 witten by 北翁 |