リレー小説(現在無題)



漆黒の闇夜を奏でる涼やかな虫の音。妖しく浮かび上がる月。
月明かりの中に浮かび上がる古城。その中のある一室。
一際広く造られているその部屋は、灯された明かりの光に照らし出されている。
隅々まで手入れの行き届いた室内の、中心部にある大きなテーブル。その上に置かれた、一本のワインと三つのグラス。
「〜♪」
 マリアはただ一人、その部屋で宴の準備を整えていた。
 先程湯浴みをしたカトブレパスは、今は別の部屋にある暖炉で毛を乾かしている。
 彼女のマスターである執事もまた、別の準備があると言ってどこかへ行ってしまい、今ここにはいない。
 とはいえ、彼女自身こういう作業は好きなので、知らず知らずのうちに鼻歌混じりになっているのには、気付いてないだろうが。
「ふぅ、こっちはこれでよし・・・っと。あとは……ん?」
 それでも彼女はこの古城に在る者。例えその変化が城の外であっても気付かないはずはない。
「虫の声が……」
 聞こえなくなった。
 たった、それだけの微小な変化。それでもこの状況下においては、彼女に洞察力を働かせるには十分な情報。
 そっと手を止め、マリアは感覚を研ぎ澄ませる。
(何か……来る!)
 鍛えられた身体は、頭が考えるより早く、半ば本能的に動く。そうしてマリアの懐から取り出され、放たれた一本のナイフは、彼女の背後にあったもう一つの人影を縫いとめる。
「影縛りか、やるねぇ。だけど残念、それはハズレ〜」
 同時に、気配が現れる。
「その声は……」
 マリアが呻く。その視線の先にいるのは、フードを目深に被り、マントを羽織った男。
 男は口を開く。
「おっと、俺が死んだとでも思っていたのかい? 酷いなぁ。俺があの程度で死ぬわけ無いじゃないか、まったく」
「なんですって……? あの闇から、抜け出したというの!?」
 キッと男を睨みつける。その頬を流れる一筋の汗を、男は見逃さない。
「ははっ、その様子じゃどうやらわかっているみたいだな。おまえは今から俺に殺されるってことがな」
 男はマントの中から手斧を取り出し、構える。
「ふっ、成程。どうやら貴方のことを過小評価していたようですね」
 不敵な笑みを浮かべるマリア。その両手には既にナイフを持っている。
 そして訪れる静寂、再び相対する二人。
(術式、起動。架空空間展開!)
「ハッ」
 男が地を蹴りマリアに迫る。突進の勢いを殺さず繰り出す斬撃を、マリアは半歩下がって避ける。そこから更に一歩踏み込み、返す力で再び繰り出された手斧を、ナイフで捌き後ろへ飛ぶ。
「けっ、そんなセコイ結界なんざ俺には効かねぇよ!」
「くっ、」
 隙の無い動きから繰り出される攻撃に、マリアはただ防御に徹する。
「ちょこまかとウゼえんだよ!」
 一瞬ひるんだマリアの隙を付き、大きく振りかぶった一撃を放つ。マリアはそれを体を回して避けると、大きく後ろへ跳び、片手を上に掲げる。
「闇よ!」
 離れたマリアを追おうとした男の背後に、闇の塊が生まれる。
「喰らえ!」
 掲げた腕を振り下ろすと同時に、闇が男を包み込む。
 男を飲み込んだ闇は、時間と共に霧散。男の気配も消滅する。
「なんだ、結局この程度なの……?」
 男を排除し、マリアはまるで何事もなかったかのように、宴の準備に戻ろうとする。
 
 刹那。
 
「甘いぜ」
 何の前触れも無くマリアの背後に現れた殺気に、彼女の体は貫かれる。
(え……?)
 愕然と、自分を見下ろす。
 胸から溢れ出す、大量の血。
 そこから生える、血に濡れた刃。
「あ……」
 そこにあるのは、絶望的な光景。
(そん……な……)
 意識が霞む。
 力が抜けていく。
 そして。
(私……は…………)
 マリアの意識は、途絶えた。


witten by 天風志音